ぽこちゃんに会いたい

初めての妊娠は子宮外妊娠。2回目の妊娠は化学流産でした。

まさかの緊急手術 2017/05/13

彼も休みだったので、退院後診察にお付き合いいただく。痛み止めを飲んでいれば身体はいたって普通。気持ちは高ぶってて、彼に噛みついてしまうことが多く、自分でもつらかった。Hcgが下がっているのが当然、と言わんばかりの気持ちで採血を受ける。その待ち時間の間に彼と雰囲気が悪くなり、彼は売店に行ってしまった。後で聞くと、モードの入っちゃってたから距離を開けたほうがいいと思ったとのこと。その間に私はこれから緊急手術だよ、今日は帰れないよ、って話を聞いていたのに…!

採血の後、診察に呼ばれる。「Hcg上がっちゃってるんですよ」

え?そうなんですか?え?なんで?子宮外妊娠ってこと?もう、涙が出そうでした。きっと目は死んで、不安そうな顔全開。

「これから手術の手配して腹腔鏡手術します。土曜なので、どのくらいで手配できるかわかりません。病棟が準備でき次第入院になります。まずはレントゲン撮ってきてください」

あぁ、なんで…。なんでこんなことになったんだろう。昨日の手術は?ぽこちゃん、まだいたんだ…。元気に育ってほしかったぽこちゃん。今は、なんでまだお腹の中にいたんだろう?なんて思ってしまっている。卵管がなくなるんだ、妊娠の可能性がさらに減る。ぽこちゃん…。どうして子宮に着床できなかったの?私の身体はなんてダメなんだろう。

彼に何度もラインを送る。放射線科入り口で彼に会い、事情を説明。涙があふれてきた。

その後産婦人科外来に戻ると、入院の準備ができた、と病棟に案内された。

個室が準備されていた。部屋に入ると、手術の説明、同意書にサイン。着替え、ルート確保、臍処置、と瞬く間にいろんなことをして時間が過ぎていった。

親には妊娠のことは話していなかった。今日はどうしよう…。とりあえず緊急手術をすることになったとだけ連絡した。今日は彼がついていてくれるから、来なくていいよとも話した。心配させてるな…って電話を切る直前から涙が出てきた。

彼はまた明日から実家に行かなきゃいけない用があって、明日明後日と面会には来れない。今日手術後に荷物を取りに行ってくれることにはなった。心細い。毎日会いたいのに。用事は仕方ないけど、毎日一緒にいてほしいよ。そんなことを話していたら、何となく硬い雰囲気になってしまい…。

あっという間に手術室入室。昨日もここ歩いた。おんなじ。違うのは今日は彼がいること。看護師さんがいるから、「じゃあね」っていうのが精いっぱいだった。本当はハグでもしたかった。

昨日と同じ部屋。ついてくれる看護師さんと先生は違うけど。またコンタクトしてきちゃった。手術台の上で外させてもらう。酸素の出ているマスクを口の近くに置かれ、深呼吸を促される。「これから注射していきます、身体が重くなりますよ」と言われると、本当に体が重くなり「重くなってきました」と言って記憶が途切れた。本当にさようなら、ぽこちゃん…。

手術後

目が覚めるとまだ挿管チューブが入っていて喉と呼吸がたまらなく苦しかった。なんでこんな状況で起こすのか。いや、起こすって言ってたけど、すっごくつらかったよ!

ベッドへ移るのも、太っていて人に迷惑をかける意識が強い私は自分で動こうとして先生たちに止められてしまった。昨日はわからないながらも動けたのに。今日は全然だめだ。

先生が、「右卵管にいたよ」と教えてくれた。さすがに今日は組織を見ることはなかったけど。痛いのと、ホッとしたのか何なのか、声は出なかったけど泣いた。涙がこぼれた。

手術室からHCUまで「お腹痛い」しかしばらく出てこなかった。傷が痛いのか、中が痛いのか、わからなかったけどとにかく痛かった。アセトアミノフェンの点滴、ボルタレン座薬、ソセアタ点滴…順々にすべて使いました。

両親がHCUに面会に来てくれた。そして病名は彼が伝えてくれた。子宮外妊娠です、すみません、と。すまなくないのに。両親は「悪い病気じゃなくてよかった」なんてのん気でした。

彼は面会時間が終わるまでずっと付き添ってくれて、手を握っていてくれました。手術後、指先が冷えてしまって冷たいと言ったらずっと握って温めてくれた。反対の手、と言ったらそっちも温めてくれた。面会時間終了後、荷物を取りに行く時には、ギュってハグしてから離れていった。ありがたかった。本当に支えです。そして22時ごろ荷物を持ってきてくれ、自宅に帰っていった。

この日の夜は結局痛くて、眠りも浅く断眠でした。寝返りもできないし、乱れた病衣もなかなか直せないし。しんどい夜でした。

子宮内膜掻爬手術当日

結局昨日は空きベッドがなく、12日の入院となった。彼は仕事のため、駅でお別れ。入院窓口があくまで、入室時間が決まるまで、入室までの間、逐一ラインで報告した。

今日は流産手術の人が私を含め3人いた。パートナーと来てる人、パートナーとご両親も来ている人。私だけが一人だった。ちょっと寂しかったけど、昨日手術の説明に来てくれた看護師さんも一人で受けたって言ってたから、それを励みにした。彼にはラインで寂しい寂しいと言ってしまったが。

あとさみしかったこと。入院申込書に緊急時連絡先を書くときに、彼を書けないこと。何かあったら血縁者に連絡をするから。夫でも内縁関係でもない彼は連絡先になれない。万が一私に何かあっても彼に伝える術はない。逆に、彼に何かあっても私に知らされることはない。法律で保障されている関係かそうじゃないか。大きいことなんだ。

 

私の前に緊急帝王切開の人がいて、その次になりますって言われていた。着替えて、買ってきたものを渡し、点滴をして。でも案外早く。。。10時25分入室と決まった。

またぽこちゃんと会えるように、子宮の中をきれいにしてもらう、という心境だった。彼も、「いったんさようなら、ぽこちゃん。お母さん、お医者さんにきれいにしてもらうからね」ってラインをくれた。

手術室までは点滴台を押して歩いて行った。いつも歩く病院の中も、違う景色に見えた。入ったことのほとんどない手術室。キレイだな、広いな。手術台に寝ると、周りが手際よく準備を進める。点滴での全身麻酔なんだろうなと思っていたけど、マスクをされ深呼吸をしてくださいね、徐々に麻酔が効いていきますからと言われた。いつまでたっても効かないな、いつ麻酔されるんだろう、と思っていたら、手術が終わっていた。眠りたいのに眠れない時の感覚と似ていたかもしれない。

先生が滅菌カップに入った掻爬した組織を見せてくれた。赤い塊がたくさん入っていた。「きっとこれだと思います」というようなことを言われ、あぁ、ぽこちゃんは子宮の中にいたんだなと思い安心したのを覚えている。「痛い?安心した?」と言われ、安心した、とうなずいた。

術後はお腹が重い生理痛のように痛み…頓用のボルタレンを飲ませてもらいました。割とすぐに痛みは引いて行った。

つらかったのは…やはり産婦人科病棟。赤ちゃんの声が聞こえること。みんなは幸せの中にいて、私はぽこちゃんとお別れした。この幸せを彼と味わいたかった。ぽこちゃんのいないお腹が痛いのがつらかった。

書類と退院処方をもらい、無事に退院した。退院後の外来は翌日だった。

私は麻酔に強いのか、飲水テストも歩行テストも問題なく。タクシーで帰ろうとも思っていたけど、駅チカで買い物もし電車で帰ることができた。家に帰ると疲れたのか何もする気力がわかず、寝ながら彼を待ち、お疲れさまと言われながら就寝した。痛み止めのおかげで、そんなにつらくない手術当日だった。トイレに行くたびに鮮血がつくけど、大出血という感じもなくこんなものか、と思うほどだった。

子宮外妊娠?

5月10日。

産婦人科受診の日。今日は受診前に採血あり。私は血管が見えにくいから、いつも同じところで採ってもらっている。そろそろ紫になってきているから、もうちょっとで限界かもしれない。

エコー前ぽこちゃんに、かくれんぼしてないで出ておいでー!そうしないとぽこちゃんとさよならになっちゃうよ…と心の中で声をかけながら臨みましたが、やっぱり胎嚢は見えず…。今日はもっとベテランの先生も出てきて、ぐりぐりとエコーで見回していた。それでも見えなかった。

内診後診察室へ。

Hcg3100.胎嚢が見えない。正常な妊娠ではない。右卵巣に少しあやしいところがあり子宮外妊娠の疑いが強い。11日にエコーみて、午後入院して内膜掻爬術をしましょう。

とのことだった。

ぽこちゃん。正常な妊娠じゃなかった。ぽこちゃんどこにいるの。

右側のほうが痛くない?って聞かれてから、右側が痛い!ってなったけど、帰宅してからは左も痛くなり。でも我慢できないような痛みでは全然なくて。自分では子宮外妊娠なんて全然信じることができなかった。子宮にいるけど、育たなくて、組織が残ってHcgが上がっているんだと思った。いろいろ説明されるけど、どこか他人事のようで信じられないまま流されていった気がする。

明日の午後入院して処置をするかもしれない、でも彼は仕事で付き添えない。こんな時くらいそばにいてよ…とわがままを言ってしまった。でも無理だった。うん、仕方ない。でも悲しい。

 

5月11日。

朝、とてもいい天気。こんないい天気の日に、自分はぽこちゃんとお別れをしないといけないかもしれない。なんでこんなことになるんだろう、と朝から沈んでいた。

産婦人科受診。今日は産婦人科の一番上の先生も見てくれた。けど、やっぱり胎嚢は見えず。この先生の見立てでは、きっと妊娠はしたけど初期に流産してしまった。胎盤のもとになるものが残ってしまっているんでしょう。なので、明日子宮内膜掻爬をして、絨毛を確認します。その場で絨毛か確認して、大丈夫ならそのまま退院できます、右の卵巣は大丈夫そう、とのことだった。

この先生の話を聞いて、あぁ、子宮外じゃなかった。胞状奇胎でもなく、妊娠できることを教えてくれたぽこちゃん。うっかり忘れんぼうの私たちに似て、忘れ物を取りに行ったんだな、って思うことにした。また、帰ってきてね。ぽこちゃん。

産婦人科受診

前回受診からとっても長かった。拭けばつくくらいの出血はあったけど、生理みたいな出血もなかった。我慢できないほどの腹痛もなかったから、今日胎嚢確認できるんだろうな、なんて思っていた。でもつわり症状が全くなく、眠くもなくむしろ寝つきが悪いくらいでそれは心配だった。

先生に呼ばれて内診台へ上がる。「うーん…」

「今日袋が確認できれば順調だったんですが。今日もHcg見せてください」

今日も胎嚢確認できず。採血に向かい、一旦職場に戻る。

1時間後。「普通ならこの時期5000を振り切っているくらいなんです。育っていない可能性が高いです。この妊娠初期は受精卵の異常で育たないことはよくあります。また10日にエコーとHcg診て育ってなければ来週流産の手術をしましょう」

できるだけ平静に聞いていた。そっか、育ってないのか。ぽこちゃんごめんね。いい卵子じゃなかったかもね。お母さん年取ってるし、ごめんね。育ててあげられなくてごめんね、産んであげれらなくてごめんね、とぽこちゃんと彼と両方にとても申し訳なかった。

彼へも報告。もうネガティブ全開で。ぽこちゃんいなかったら別れる?とか。でも彼はいつも通り受け止めてくれた。別れません、マイナスのことは考えなくていいから、と返事をくれた。

ほぼ定時に職場を出たけど、家に帰ると何にもする気力が起きなくて、ボーっと彼の帰宅を待っていた気がする。

予約票のFHB確認、って見るたびに切なくなります。

ゴールデンウィーク

5月1日2日は仕事だったが、無理はしないで過ごした。3日も仕事だったが、休日体制だったし交代してもらった。4~5日も夜勤だったが、ここも代わってもらった。

彼は実家に帰省していたため、一人っきり(ぽこちゃんもいるから2人か)のゴールデンウイーク。暇すぎる。途中で止まってる逆転裁判6を再開したり。ためてたビデオを見たり。彼もなんだかんだ電話してくれたりした。いつもなら毎日なんて電話してくれないのに。会えない時はさみしいから電話してって言っても3~4回に1回なのに。心配してくれてるんだな、って思った。

5月6日に、出血と腹痛がなかったのでデパートまで行ったけどそれ以外は引きこもりのゴールデンウイークでした。

逆に言うと、ずっと拭くと着くくらいの薄ピンクや薄い赤茶色のおりものが続いていた。お腹もチクチクしていた。伸びるとお腹がパカって割れそうに痛かったことが2回あって、ドキドキしたなぁ。

出血と腹痛 2017/04/30

朝起きてトイレに行く。その後ティッシュでふくと鮮血に近い色のものがついた。パンツに着くほどではなく。腹痛は何日か前からあり、子宮が大きくなるためのものだと思ってあまり気にしていなかった。下腹部左右とも痛かったし、ずっとではないし。でも出血は怖かった。妊娠初期にはあると言われても。腹痛と出血という言葉から、すぐに「流産」という言葉が浮かんできた。昨日の夜エッチしたから、その刺激で出血したと思い込みたかった。

病院に行ったほうがいいんだろうか?でも今日は日曜日。私は妊娠発覚後、まだどこにもかかっていない。どうしたらいいんだろう?

4人の子を持つ友人に相談した。心配なら受診したほうがいい、との返事だった。

とりあえず、病院の救急外来を受診することにした。

 

彼は午後から仕事に行く予定だったが、受診に付き添ってくれた。

問診票を書き、受診を待つ。最終月経開始日や、初めての妊娠か、などなど。先生にも生理不順のこと、妊娠検査薬で陽性が出たが、今朝から腹痛が強くなり出血があったこと。先生は「腹痛と出血どっちが心配ですか?」と聞いてきたので、出血です、と答えた。「生理くらいの出血はないんですよね?」と言われたので、ティッシュにつくくらいですと答えた。

内診台へ上がる。これは何度やっても慣れない。足に力が入る。先生がエコーで診てくれる。「暗い色ですねー、今は止まってますよ」と出血について教えてくれた。よかった、と思った。「赤ちゃんの袋はまだ見えませんね、妊娠に気付いたのが早いと見えないこともあります」「念のためHcgも調べようと思いますがいいですか?それまで念のため点滴をして待っていてください」と言われ、点滴室で横になり点滴開始。右前腕内側に点滴された。ここは止血が甘く内出血になってしまったが、2週間後の最近やっと消えた。

1時間後、Hcgの値は390ほどだった。先生は4週くらいと考えているようで、胎嚢が見えないこと、Hcgの値からは問題はないと判断され、点滴も途中で終了でよく帰ることになった。次回の外来は、5月8日になった。駅で彼と別れ彼は仕事へ。私は帰宅した。不安だから彼にはそばにいてほしかったが、仕事だと思うとそれはお願いできなかった。そばにいようか?とも言ってくれたが、仕事の邪魔はしちゃいけないと思った。でも、とてもとてもさみしかった。ぽこちゃん、大丈夫だよ、と自分とぽこちゃんを励ました。

人生で一番幸せな日 2017/04/29

f:id:pokochanpokopoko:20170520091519j:plain4月30日は彼と付き合って1300日。記念日が好きな私。29日は近所の公園が入園無料なので彼と一緒に行こうと約束していた。

当日は急な雷雨もあったけど、公園に着く頃には気温も上がり晴れてきてお散歩日和だった。祝日の午後ということもあり、公園には人がいっぱい。バーベキューをするグループ。家族連れもたくさん。子どもたちがいろんなもので遊んでいる。この公園にもネモフィラが咲いていた。本当に青くて、青い空と一緒できれいだった。ひたち海浜公園にまで行かなくても、こんな近くにあったんだ。また見に来たいなと思った。

普段の私は、未婚子なし、彼の事情へのコンプレックス全開で、こういう家族連ればかりのところは何となく居たたまれなくなってくる。でも。今はお腹にぽこちゃんがいる。大好きな彼とのぽこちゃん。来年は私もぽこちゃんを抱っこしてここに来よう。その先大きくなっても3人でここに来ようね、と彼と話した。彼も私のお腹を触ったり、喜んでくれているのがよくわかった。

本当に幸せな一日だった。