ぽこちゃんに会いたい

初めての妊娠は子宮外妊娠。2回目の妊娠は化学流産でした。

あれから1年4ヶ月

子宮外妊娠経験後、そんな月日が経ちました。その後11月に化学流産、彼と別れの危機。実際わたしは別れたと思い他の人と付き合い結婚まで考えましたが。何とか思いとどまり、彼の元に戻り、お互いちゃんとやり直そうと。
でも彼の子どもがまだ9歳になったばかりということもあり、お父さんが帰ってこないのはつらいとお手紙を出したのです。『お願い!帰ってきて!遊んで!』って。そりゃあ子どもは可愛い、今まで日曜日わたしと一緒にいたけど決めるのはやめる、週末どっちかわたしといる、平日ももっと帰る。になってしまった。わたしは独占欲も強いしさみしがりやだから、そう言われたことすごくつらかった。仕方ないと思いつつ、彼のいない週末は、さみしい捨てられたもういやだと送る日々だった。彼はそんなわたしに時々あきれキレながらもまだ何とか続いております。いいのか悪いのか。

そして40歳も目前に控え、やっぱりぽこちゃんに会いたい気持ちから、不妊治療をすることにしました。
まずはタイミング法や、不妊の原因がないか、からですが。タイミングの日を指定され、精液検査や子宮卵管造影の予約をとって。その周期で妊娠しました。
化学流産の時みたいに薄くならない妊娠検査薬。胸が痛いときもある。うっすら気持ち悪かったり。基礎体温は高いまま。5w3dで胎嚢確認もできました。今までで一番!未体験の世界。エコー写真だけが、ぽこちゃんがお腹にいる証。大切なぽこちゃん、今後こそ抱きしめてあげたい。ちゃんとお腹にしがみついて、育っていくんだよ。会えるのを本当に楽しみにしているからね。

つらい気持ちを書く

ぽこちゃんとさよならしてから半年が経とうとしていた10月後半。彼と本格的に別れ話になった。

彼は地元に結婚している妻子、単身赴任できた東京にも妻子がいる。こっちの人はもちろん籍は入れていないが。地方の13歳の子、東京の8歳の子、子どもがいるけどちゃんと別れてわたしと一緒にいたいと言ってくれてた。よく考えたらそんなことあり得ないってわかるのに。ずーっと信じてた。どうして別れないの?いつ別れるの?って不安定になるわたしを見るのがつらい、さみしい思いをさせてる。でも子どもにもさみしい思いをさせてる。だから、わたしとは離れた方がいいって言われた。

え?不安定にもなるよ?だって結婚してずっとあなたと生きていくと思っていたのに、それが急にできないって言われても。最初から勝てない相手がいたんだね。本当に大好きになって。この人の子どもがほしい、妊活したい、って思って。だからぽこちゃんができたときは本当にうれしくて。人生で一番幸せだったんだよ。

そんな話をする1日前、いつも通り彼とエッチして。妊活続けることにはOKもらってたからいつも通りに。そして、翌日電話でそう言われ。わたしから、さよならって言った。

でも彼と本当に別れるかも、って思ったら耐えられなかった。どんな思いをしても離れたくないと思ってしまった。今みたいにさみしい思いしてもいいから。一番になれなくてもいいから。彼がいない方が耐えられなかった。LINEでもそう伝えた。素っ気なくされてた。これが本心なのかな、って。

会ったとき、もう一度伝えた。一緒にいたいって。

普通の夫婦みたいにはなれないけどいいの?って言われた。子どもに学習障害もあって、って話をされた。きっと、今以上に子どもに手をかけたいんだろう。それはそうだよ。でもさ…やっぱり思うのは、こんなに好きにならせておいて…本当にひどい人…。

そして生理が遅れる。生理予定日から3日経って、妊娠検査薬してみた。うっすら陽性。ぽこちゃんとさよならしてちょうど半年。また戻ってきてくれた。ぽこちゃん。今度はあなたを産んであげたい。抱きしめたい。この世に産んであげたい。心から思った。

それからほぼ毎日検査薬したけど…濃くならないばかりか、どんどん薄くなる。調べると、化学流産って言葉が出てくる。受精卵の染色体異常が原因。わたしも高齢、彼は6歳上。もうすぐわたし39だもの。子どもが産めなくなるようになって捨てられるのも本当に苦しかった。

お腹は時々チクチク。でも出血はなし。おりものほとんどなし。時々ちょろっと。つわりは吐き気なし。お酒が美味しくなかった。豆乳が臭かった。食欲大増進。彼が大丈夫、育ってるよ、って言ってくれるのがうれしかったけど、どこかでダメかもって気持ちもあって。赤ちゃん、弱気なお母さんでごめんね。でも彼がお腹撫でてくれたり、お父さんとお母さんが仲良しなのは伝わったかな。エッチもしてしまったし。

そして前回生理から40日目、元々の婦人科受診日。先生に相談。排尿済ませちゃったから今回検査はなし。2週間後に妊娠初診を入れられた。

その4時間後、出血が始まった。ピンクのおりものから、鮮血が出てきた。赤ちゃん、いなくなっちゃうんだ、って思った。職場では泣けない。お腹痛い。どうしたらいいんだろう。

ナプキンに鮮血がついてる。どこかで、化学流産の出血じゃない。大丈夫かも、って思ったりもしてた。でもお腹も痛いし。認めないといけない。まだおっぱいも痛いのに。たった10日間、知ってからは1週間。お母さんだった。赤ちゃんはたしかにわたしのお腹の中にいた。わたしの卵子と彼の精子が受精してくれた。がんばって着床しようとしてくれた。がんばりきれなかったけど。また来てくれる?わたしたちのところへ。

彼は子どもとの生活を選んだけど、また妊活してくれる?諦めなくていい、ってLINEくれたけど。また赤ちゃんきてくれるように一緒にがんばってくれる?妊娠できるって知ってしまったから…残り時間はあと少ないから。我が子に会いたい。ぽこちゃん。

まずは、赤ちゃんを流産してしまった悲しみを受け入れないといけない。気を抜くと涙が流れる。ごめんね。咳をしてもお腹に響かない。おっぱいも痛くなくなるんだろう。とてもさみしい。悲しい…。

ぽこちゃん、赤ちゃん、またわたしたちのところへ戻ってきてね。今度こそ、お父さんとお母さんにあなたを抱きしめさせてください。いつか、会えると信じています。

水天宮にお参り

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今日は水天宮にお参りしてきました。

最初は御朱印帳目的で、どこのが可愛いかなーとかネットで見てたんですね。

そしたら四神のデザインでホワッとした水天宮の御朱印帳が気に入ってしまって。

このタイミングで水天宮に惹かれるとは…と不思議な気持ちになりました。

水天宮って、安産祈願で有名な妊婦さんたちの聖地だったんですね。戌の日の土日だったら心が折れる体験だったんでしょうが、平日の夕方だったもんで全然混んでなくスムーズにお参りできました。

カップルを2組見たくらいだったかな?

手水舎でお清めをして、河童さんを撫で、子宝犬を撫で、参拝してきました。

紫の紐の鈴を鳴らしてきました。

ぽこちゃんに会えたことへの感謝、たしかにぽこちゃんがいたこと、その時間がとても幸せだったこと、天国ですこやかに過ごしてほしいこと、またお父さんとお母さんのところに戻ってきてほしいこと…彼の分も頼まれてたので2人分、たくさん気持ちを伝えてきました。

まだまだぽこちゃんのことを考えると涙が出てきますが…ぽこちゃんのことはずっと忘れないから…ありがとう…ということは絶対伝えたかったから。

またぽこちゃんがわたし達のところに来てくれるよう、子授け守と絵馬を頂いてきました。

子授け守は、紙に女性の名前を書いて出すのですが、そうすると明日祈ってくれるようです。効果がありそうです。ありがたいですね。

お米も頂いたので、明日ご飯炊くときに一緒に炊きましょうかね。

御利益ありますように…。

復職まであと1週間

昨日で退院して1週間。診察では問題なかったけど、まだ子宮内には血液があってまだ出てくるでしょうと言われてガッカリ。日曜日から旅行なんですが…温泉なんですけど…しょんぼり。まぁ傷もあるから共同の風呂には入れないのは仕方ない。部屋の風呂を満喫するしかない。

来月末の診察でHCG下がるまでは夫婦生活はダメです、って言われちゃった。そうなんでしょうけど。来月末って先長くないですか?ちゃんと生理来るのかな?排卵するのかな?不安なことばっかり。

あ、出血止まったらエッチはいいんですよね?って聞けなかったなぁ…。

 

来週から復職することに決めた。少し歩くと筋肉痛になるし、急に立つと立ちくらみするし、体力なくなったな。少し散歩したり身体を慣らしとかないときっと使い物にならない。笑うとお腹に響くけど、あと1週間したら何とかなってるといいな。

夜も早く寝ないと朝起きれないし、このだらだらした生活を改めないと。傷病手当や保険の書類のこともやっとかないとだな。そう考えるとあと1週間のお休みなんてあっという間だね。

子宮外妊娠 術後3日目 退院

朝の発熱もなく、採血、退院前診察の結果、5月16日退院となりました。

退院前に上司のところに寄ったり、病棟に寄ったり。しばらくお休みしますけど、皆さんよろしく、という気持ちで。私の仕事も代わりにやってくれるということで…もう心置きなく休むことにします。自分のことだけ考えます。

退院日は彼が朝帰京しお迎えに来てくれました。荷物を持ってくれたり、労わってくれた。13日は、外来後に美味しいものを食べようと言っていて食べられなかったので、今日こそおいしいものを食べようとデパートのレストランに行きました。初めてのお店、とってもおいしかったな。健康でいなきゃ。健康が一番だね。

ゆっくりゆっくり歩いて。彼も合わせてくれた。家に着いた時にはホッとしました。

 

入院中はいろんな人にお世話になりました。親や彼はもちろん、先生や看護師さん、他のスタッフの方。職場のみんな、上司の方々。心配もたくさんかけました。患者さんの気持ちが分かったことは、これからに生かしていきたいと思います。

子宮外妊娠 術後2日目

夜中のつらさはどこへ行ったのか。漢方薬を飲み始めてからお腹の動きもよくなり、痛みも引いてきたせいか昨日より歩けるようにもなり。さらにマグミットも飲むようになったら。お腹の調子ばっちり。復活した。

DSしたり、病棟まで行ってみたり。何となく余裕が出てきた感じ。

性器出血は続いていて、拭くとつくのとナプキンにもつく。でも生理何日目、っていう感じ。2日目、3日目ではなさそう。

シャワーも入れたし。常食にもなったし。

ただ発熱は38℃まで出ることもあり。でも先生によると手術の後は出ることがあるみたい。抗生剤の点滴を1日延期して様子を見ることになりました。

先生が、「右卵管だったよ。卵管峡部だったよ。」って教えてくれた。卵管峡部、一番狭いところ。あともうちょっとで子宮だったのにね。もう少し通りやすい卵管だったらよかったね。ごめんね。

子宮外妊娠 術後1日目

何となく夢を見た。胎児が出てきた。赤ちゃんの形にもなっていない、2頭身、3頭身くらいの胎児。それを彼にラインしたら、「ぽこちゃんお別れを言いにきたんだね」って。きっとそうだね。私は夢で家族を見ることってとても少ない。大好きなばあちゃんも、亡くなってから3回くらいしか見ていない。ぽこちゃんは翌日に会いに来てくれた。なんていい子なんだろう。ぽこちゃん、あなたに会いたかったよ…。一緒に生きていきたかった…。

 

夜中、ずっとお世話してくれた看護師さん。優しく声をかけてくれてありがとう。とても安心しました。そんな感謝の気持ちでいっぱいの朝でした。

そして朝食。流動食でした。重湯に海苔の佃煮をかけて。牛乳も今までの人生で一番量が多く感じたし、おいしかった。食欲がある。よし。

朝、知り合いの看護師さんが身体を拭きに来てくれた。陰部洗浄され、バルンチューブを抜かれ(動くつもりだったから抜いてほしいとお願いした)、パンツにナプキンをセットしてくれ履かせてくれた。本当に申し訳なかった。恥ずかしかった。でも相手は仕事、きっと何とも思っていない。そう思って乗り切った。

痛みはあるが動かないといけない。そう思って電動ベッドを駆使し端坐位になった。電動じゃなきゃ起き上がれなかったな。看護師さんに付き添ってもらい、トイレ歩行し排尿もできた。うん、私頑張った。そして元の産婦人科病棟へと歩行で移動した。

産婦人科の先生が来てくれた。「もう歩いてきたの?!昨日手術してよかったよ」って声をかけてくれた。そっか、昨日手術してよかった状況なんだ。まあ、Hcgも4700まで上がっていたからそうなんだろうな。

この日はほぼ寝て過ごした。トイレに行くのは割と大仕事。傷よりも中が痛いんだな、と思うようになった。座ったり力を入れると、恥骨のあたりが刺されるように痛い。先生に聞いても、そういうもの、と。我慢して動くしかないんだな。

排ガスは日中何度かあったし、転床後排便もあったから安心していたけど、夜になるとぱったりとガスが出なくなった。どんどんお腹が痛くなってきて。ガスがたまってると傷やら中やら圧迫してすごくつらい。夜勤の看護師さんにも相談し、漢方薬を早めに飲むようにした。明日の朝からだけど。トイレに行くのも大変。痛みと吐き気で本当につらい。術後イレウスでNGTが入るところまで想像した。